地総研志布志フィールドワークレポート②
※掲載画像の一部に、当サイトでモザイク・ぼかし処理を行っています。

田之浦小学校の実践から考える、AI・ICTとこれからの学び
地域総合研究所では、令和8年度の研究プロジェクト「デジタル技術と地域社会―地方私立大学による地域貢献―」において、AI・ICTが地域の企業や教育現場でどのように活用されているのかを調査しています。
今回はその一環として、志布志市立田之浦小学校を訪問しました。

視察では、生成AIやタブレット端末を活用した授業を学ぶとともに、学校と地域をつなぐInstagramの活用についてもお話を伺いました。
地域から、そして地域の外から。多様な子どもたちが学ぶ学校
田之浦小学校は、特認校として、地域内外から児童が通う小規模校です。

(写真:田之浦小ブログ 2026年9月15日記事より)
在籍する児童は16人。そのうち地元から通う児童は2人で、残る14人は学区外から通っています。学級も複式学級で、一人ひとりの学び方や得意・不得意、学校生活への向き合い方もさまざまです。
そんな環境の中で、田之浦小学校では生成AIやICTが、児童一人ひとりの学びを支えるために活用されています。
例えば、書くことが苦手な児童が、まず自分の言葉で話すことで振り返りを残す。AIとの対話を通して、自分の考えを整理する。さらに、その考えを持って友達との話し合いに参加する。
こうした学び方が可能になることで、複式学級という環境の中でも、一人ひとりの「考える」「表現する」「人と話し合う」という学びの機会を広げることができます。
もちろん、AIだけですべてが解決するわけではありません。
むしろ今回の視察から見えてきたのは、児童一人ひとりの様子を見守り、声をかけ、対話を促す教師の存在があってこそ、AIやICTが学びを支えることができるということでした。
児童数が少ないからこそできる丁寧な関わりと、デジタル技術による学びの支援。
その両方を組み合わせることで、田之浦小学校では、学校の規模や学級の形にとらわれない、多様な学びの可能性が広がっていました。
AIは「答えを出す道具」ではなく、「考えるための壁打ち相手」
田之浦小学校で紹介された生成AIの活用で特に印象的だったのが、AIを「答えを得るための道具」ではなく、児童が自分の考えを整理し、深めるための「壁打ち相手」として位置付けていることです。
例えば、小学校3・4年生を対象とした道徳の学習では、「自分と異なる考えを持つ人とも、互いを大切にしながら話し合う力」を育てるためのチャットボット用プロンプトを作成しています。(※プロンプトとは、生成AIに「どのように答えてほしいか」「どのように振る舞ってほしいか」を指示するための文章です。)
教材のあらすじを差し替えることで、さまざまな教材に応用できるよう工夫されています。

(写真:田之浦小ブログ 2025年11月19日記事より)
紹介された例では、鍵をなくして困っている「サト子ちゃん」を助けるか、それとも遊ぶか、という場面についてAIと対話します。児童が「遊びたい」「遊びたいから」と答えても、AIはその考えを否定しません。まず「遊びたい」という気持ちを受け止めたうえで、「サト子ちゃんはどんな気持ちだと思う?」と問い返します。
このような対話を重ねることで、児童は自分の選択理由を言葉にするとともに、自分とは異なる立場にいる相手の気持ちについて考えていきます。
つまり、AIから「正解」を教えてもらうのではなく、自分の考えを言葉にし、別の視点から問い返してもらうことで、考えを深めていくという使い方です。
75行にも及ぶ「授業のためのプロンプト」
実際の授業で使用しているプロンプトも見せていただきました。
その長さは、なんと75行。そこには、AIにどのように児童と対話させるかについて、細かなルールが設定されていました。

「小学〇年生に分かる言葉で話す」「子どもの意見をすぐに否定しない」といった基本的なルールから、
- 子どもが十分に考えを話せるようになるまで対話を続ける
- 結論を急がない
- 子どもの考えを受け止める
- 多面的・多角的に考えられるよう支援する
といった、AIの「役割」まで明示されています。
一方で、禁止事項も細かく定められていました。
「子どもを傷つける言葉を使わない」「長い説明をしない」「子どもが考える前に理由や答えを先に示さない」「答えを教えない」「道徳的な価値を押し付けない」――。
つまり、AIに自由に答えさせるのではなく、この授業ではAIに何をさせ、何をさせないのかを、教師が一つひとつ設計しているのです。
ここから見えてくるのは、AIを導入したからといって、教師の役割が小さくなるわけではないということです。
むしろ、AIをどのように使えば児童の学びにつながるのか。そのために、どのような問いを返させ、どこまで介入させ、どこから先は児童自身に考えさせるのか。
その設計には、相当な手間と経験が必要です。
少人数・複式学級という環境の中で、一人ひとりの児童がより深く考え、表現するための学びを支える。そのための一つの手段としてAIを導入し、AIそのものに労力をかけるのではなく、AIを授業の中でどう機能させるかに労力をかけている。そこに、田之浦小学校のAI活用の特徴がありました。
「壁打ち」したから、すぐに話せるわけではない
では、実際にAIとの「壁打ち」を行った児童は、その後どのように学んでいくのでしょうか。
この日の視察では、AIとの対話を終えた後の、道徳の授業も見せていただきました。

AIと十分に考えをやり取りしたからといって、児童が突然、みんなの前で自分の意見を話せるようになるわけではありません。
教材を読み、自分の中に落とし込み、考え、整理し、そして言葉にして発言する。
その一つひとつの過程を、教員が授業の中で丁寧に導いていました。
授業では、児童が席を立ち、同じような意見を持つ者同士で集まって話し合うグループラーニングも行われました。さらに最後には、全員が床に車座になり、互いの顔を見ながら話し合います。
その間、教員は児童の発言を板書しながら、必要に応じてデバイスも活用し、次の活動へと自然につないでいきます。
そこには、AIだけではつくることのできない授業の流れがありました。
児童がどこまで考えているのか。誰が発言しやすそうなのか。どのタイミングで問いを投げかけ、どこで話し合いの形を変えるのか。

AIが児童一人ひとりとの対話を支える一方で、教室全体の学びをつくっていたのは、やはり教師でした。
AIによる「壁打ち」と、教師による授業づくり。
その両方が組み合わさることで、児童が「考える」から「人と話す」へと進んでいく。
今回の視察では、そんな人を中心としたAI活用の姿を見ることができました。
そして授業を担当されていたのは、本学児童学科の卒業生。
本学を卒業した教員が地域の小学校の現場で、こうした生成AIを活用した新しい授業づくりに取り組み、その実際の授業を私たちが参観できたことは、大学と地域とのつながりを実感する機会にもなりました。
多様なAI活用法―「教えてもらう」のではなく、自分の考えを深める
社会科では、まち探検の後に児童がタブレットへ自分の声で振り返りを話し、その内容を文字化して保存します。さらに、そのメモをもとに生成AIで四択クイズを作成。
自分たちが実際に見たり聞いたりした内容から問題がつくられるため、児童は「次の見学ではもっとよく見よう」「メモを取ることが大切だ」と、次の学習への見通しを持つことにつながります。
6年生の地方自治の学習では、AIにあえて「悪徳市長」を演じさせ、児童が税金の正しい使い方を説明するという実践も紹介されました。
ここでも、AIから知識を教えてもらうことが目的ではありません。むしろ児童が教科書を読み、自分で調べ、AIに「それは違う」と説明する。
AIを使うことで、かえって「自分で調べる」「自分の言葉で説明する」必要が生まれる。
そんな使い方です。
国語では、説明文をAIに物語風に書き換えさせ、元の文章と比較することで文章構成や筆者の主張を考える授業。比較して違う部分の洗い出しは児童本人が行います。
図画工作では、制作途中の作品について写真をアップロードし、AIから助言を受ける活動。ここでも助言を受けて実際の制作をすすめるのは児童本人。

(写真:田之浦小ブログ 記事より)
AIに答えや文章を直接つくらせたり、児童の文章を代筆・修正させたりしないようプロンプトで明確に制限しています。
つまり、「AIに何をさせるか」ではなく、「その活動によって子どもに何を考えさせたいのか」からAIの使い方を決めているのです。
AIの存在で教師の役割は、むしろ重要になる
今回の視察で印象的だったのは、AIが活用されている一方で、教師の存在が決して小さくなっていないことでした。
学校側からは、生成AIを活用した授業では、AIを使っている最中だけを見ても、児童がどの程度主体的に考えているのかを把握することは難しいという話もありました。
そこで重視されているのが、AIとの対話を終えた後、実際に人間同士で議論する場面です。
AIとの対話を通して考えを整理した児童が、友達の意見を聞き、自分の考えを伝え、さらに考えを深めていく。その過程を見ることで、AIを使った学習が児童の思考にどのようにつながったのかを捉えようとしています。

(写真:田之浦小ブログ 記事より)
「AIを使うこと」自体が目的なのではなく、AIを活用することで、その後の授業や対話がどう変わるのかを見る。今回の実践からは、生成AIを教育に取り入れる際の一つの考え方が示されていました。
また、こうした実践は、学習者自身が学習の見通しを持ち、他者との協働や振り返りを行いながら学びを進めていくという「学習者主体」の授業づくりとも結び付いています。教師は児童に代わって答えを与えるのではなく、適切なプロンプトや学習環境を準備し、児童が自ら考え、対話し、振り返るための環境を整え、児童の学習到達度を測り、時には適切な方向へ導く役割を担います。
今回の授業参観を通して、生成AIは「人の代わりになるもの」ではなく、人が考え、人と対話するための足場にもなり得ることを実感しました。
学校と地域をつなぐInstagram
田之浦小学校のデジタル活用は、授業の中だけにとどまりません。2026年6月からはInstagramでの情報発信も始めています。

(写真:田之浦小インスタグラム 投稿より)
校長、学校運営委員会、PTAの3者が一緒に編集・運営することで、校長先生一人に発信の負担を集中させない仕組みをつくっています。開始から数か月でフォロワーは約450人、投稿によっては3万回を超える閲覧があるなど、大きな反響がありました。
さらに特徴的なのは、SNSを学校からの「お知らせ」のためだけに使っていないことです。地域の料理店、農家、建設会社、警察署など、地域の人や企業・店舗との関わりを積極的に発信しています。そして関係企業との共同投稿も積極的に行っています。
学校の活動を発信することで地域に知ってもらい、地域との関わりをまた学校の学びにつなげていく。田之浦小学校では、SNSが単なる情報発信ツールではなく、学校と地域をつなぐ仕組みとして活用されていました。
デジタル技術の先に、人がいる
生成AIによる「壁打ち」も、SNSによる地域とのつながりづくりも、共通しているのは、デジタル技術そのものを目的にしないことです。
AIは児童の思考を支え、SNSは学校と地域の関係を広げる。どちらも、人と人との関わりをより豊かにするための手段としてデジタル技術が使われていました。
AIが人の代わりになるのではなく、人がより深く考えるためにAIを使う。
SNSが人と人とのつながりを置き換えるのではなく、新しいつながりを生み出すために使う。
今回の視察は、AI・ICTの技術そのものを学ぶだけではなく、「何のためにデジタル技術を使うのか」「その先にどんな学びや関係をつくりたいのか」を考える機会となりました。
田之浦小学校の実践から見えてきたのは、デジタル技術の先にいる「人」を中心に据えた学校づくりです。
そこには、これからの学校教育や地域連携、そして大学におけるデジタル技術の活用を考える上でも、多くのヒントがありました。

(写真:田之浦小ブログ 2026年9月25日記事より)
もう一つの現場、ものづくりの最前線へ
教育現場では「学び」を支えるために使われていたデジタル技術。
では、ものづくりの現場では、どのように活用されているのでしょうか。
デジタル技術と熟練の技を組み合わせ、鹿児島から高付加価値なものづくりに挑む南光志布志工場の取り組みはこちらから。
