令和8年度 共同研究プロジェクト 研究計画

外国人なしでは、地域の仕事が回らない――。
いま、鹿児島ではそんな現実が静かに広がっています。
県内で働く外国人労働者は1万4240人に達し、17年連続で過去最多を更新しました。(2024年時点)
コンビニ、介護施設、食品工場、畜産農家など、地域を支えるさまざまな現場で、外国人住民はすでに欠かせない存在になっています。
その一方で、病院や学校、役所での手続きなど、日常生活の中では「日本語」が大きな壁になる場面も少なくありません。
翻訳アプリや生成AIは、この“言葉の壁”を越える力になれるのか。鹿児島ではいま、デジタル技術を活用した実践的な地域日本語支援の研究が始まっています。
「地域日本語支援におけるデジタル技術活用の実践的検討」
山川 仁子 国際文化学部 教授
― 「知らない言葉」が、地域の日常になり始めた

鹿児島県内でも、街中を歩くと以前はあまり耳にすることのなかった言語が、日常の風景に混じるようになっています。
コンビニエンスストアの店員、食品加工工場の従業員、介護施設のスタッフ、あるいは畜産農家で働く若者たち。その多くは、ベトナムやインドネシア、フィリピンなどから来日した外国人労働者です。
こうした変化は、一時的なものではありません。
鹿児島労働局によれば、外国人を雇用する事業所数も2427か所に増加しており、特に農業、畜産業、水産加工業、介護分野では、その存在はすでに欠かせないものとなっています。
さらに注目されるのは、こうした変化が都市部だけでなく、離島や農漁村にまで広がっている点です。
人口減少と高齢化が進む地域ほど、外国人住民への依存は強まっており、地域産業を支える存在として外国人材の役割は年々大きくなっています。
一方で、地域社会では新たな課題も見え始めています。
病院での受診、学校からのお知らせ、役所での手続き、災害時の情報収集――生活のさまざまな場面で、日本語によるコミュニケーションが壁になることは少なくありません。外国人住民の出身国も多様化しており、「英語で対応すればよい」という前提が通用しない場面も増えています。
こうした課題に対し、翻訳アプリや生成AIなどのデジタル技術を活用した新たな日本語支援の可能性を探っているのが、山川教授の研究です。
―「日本語教室に来られない」人をどう支えるか
現在、多くの地域日本語支援は、地域ボランティアや支援団体による対面型で行われています。学習者一人ひとりに寄り添える反面、人手不足や地域差の影響を受けやすいという側面も。
特に鹿児島県のように居住地域が広範囲に分散する地域では、「近くに日本語教室がない」「仕事の都合で参加できない」といった課題も生じやすくなります。支援を必要としていても、継続的につながることが難しいケースは少なくありません。
そこで注目されるのが、デジタル技術を活用した支援のあり方です。
スマートフォンの翻訳アプリ、オンライン教材、生成AIによる会話支援――こうした技術の進展によって、時間や場所に縛られない支援が可能になりつつあります。
しかし実際には、「外国人住民は何に困っているのか」「どのツールを使っているのか」「本当に支援につながっているのか」は、まだ十分に明らかになっていません。
― 外国人住民は、実際に何を使っているのか
研究では、鹿児島県で暮らす外国人住民や、日本語支援に関わる人たちへのアンケートやインタビューを行います。
日常生活のどんな場面で困っているのか。日本語学習で何が壁になっているのか。翻訳アプリや生成AIを実際に使っているのか――。研究では、外国人住民のリアルな声をもとに、地域で必要とされている支援の形を探っていきます。
調査の対象は鹿児島県内に暮らす、ベトナム、ネパール、カンボジア、ミャンマーなど、さまざまな国や地域の人々。
利用している翻訳ツールや情報収集の方法、困ったときに誰に相談しているのかなど、日常生活に密着した実態も調べていく予定です。
さらに研究では、翻訳アプリや生成AIを活用した日本語支援も実際に試していきます。
たとえば、役所での手続き、学校からのお知らせの理解、子育てに関する情報提供、災害時の情報共有、日本語学習のサポートなど、暮らしに直結する場面で、デジタル技術がどこまで役立つのかを検証していく予定です。
― AIは“万能翻訳機”ではない
山川教授は、情報科学分野で、生成AIや機械学習の基盤となるデータベース研究に携わってきました。これまでに、音声認識や音声合成、画像認識に必要なデータベース構築を担当してきた経験があります。
こうした知見を活かし、現在は生成AIを活用した地域の日本語支援の研究を進めています。
ただし、この研究の特徴は、「AIを導入すること」そのものを目的にしていない点にあります。
翻訳アプリや生成AIは便利な一方で、誤訳や情報の偏り、プライバシーへの配慮など、現場ではさまざまな課題もあります。特に行政や教育の場面では、誤った情報が生活に直接影響する可能性も少なくありません。
だからこそ重要なのは、「どの場面で」「誰に対して」「どのように使うことが有効なのか」を、実際の地域社会の中で検証することです。
すでに鹿児島県国際交流協会からは、外国人の母親への支援協力の依頼も寄せられているといいます。学校との連絡や行政文書の理解など、子育て世帯が抱える課題は少なくありません。
山川教授は、翻訳アプリの使い方の指導や国別の利用傾向の調査を進めながら、将来的には自治体職員向けの講習会にもつなげていきたいと考えています。
― 「多文化共生」は、地方の未来そのもの
この研究が目指しているのは、日本語教育だけではありません。
外国人住民が地域社会の一員として安心して暮らし、地域と関わりながら生活できる“環境づくり”そのものです。
人口減少が進む地方において、外国人住民は今後さらに重要な存在になっていきます。一方で、言葉の壁による孤立や情報格差を放置すれば、地域社会の分断につながる可能性もあります。
鹿児島県における外国人住民の増加は、単なる労働力不足を補うという問題にとどまりません。それは、人口減少社会にある地方が、どのように外部の人々を受け入れ、地域社会を維持していくのかという、日本社会全体の未来にも関わる問いです。
翻訳アプリや生成AIは、単なる便利なツールではありません。使い方次第では、人と地域をつなぎ、多文化共生社会を支える基盤にもなり得ます。
鹿児島から始まるこの取り組みは、AI技術を活用しながら、多文化と共に生きる地域社会のあり方を考える挑戦でもあります。
研究者コメント
外国人住民への日本語支援は、一部の専門家やボランティアだけが担うものではありません。
翻訳アプリや生成AIなども活用しながら、地域全体で無理なく支え合える仕組みづくりが大切です。
外国人と日本人の双方が安心して暮らせる地域社会の実現に向けて、鹿児島から実践と研究を重ねていきたいと考えています。
山川 仁子

🔍RESEARCHER
