数字の陰に隠れた、見えない健康格差 ― データと住民の声から、地域の健康を見つめ直す

令和8年度 共同研究プロジェクト 研究計画

健康は、暮らしの中でつくられます。

どこに生まれ、どこに住み、どんな仕事をし、誰とつながっているか。
所得、就労環境、移動手段、地域のつながり――暮らしを取り巻く社会的・経済的・環境的条件の総体が、人々の健康に深く影響しています(WHOはこれを「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health: SDH)」と定義しています)。

暮らしを取り巻く環境そのものが、健康に大きく影響しているのです。

それは離島や過疎地だけの問題ではありません。
都市部でも、孤独や“見えない孤立”は広がっています。

同じ町に住んでいても、支援につながれる人と、つながれない人がいます。

しかし、そうした差の多くは、市町村全体をひとまとめにしたデータの中に埋もれてしまいます。

種子島を舞台に、その“見えにくい健康格差”に向き合っているのが、稻留 直子 准教授です。

「離島における多元的ヘルスデータの統合的利活用による地域づくりの検討」

稻留 直子 看護学部 准教授

― “市町村単位では見えない” 健康課題がある

「統計上、このまちは健康です」

データだけを見れば、そう見えるかもしれません。
しかし実際には、地域ごとに健康状態や暮らしの環境は大きく異なっています。

たとえば、

「車がないと病院へ行けない集落」と、
「徒歩圏に医療機関がある地域」では、
健康を支える条件そのものが違います。

しかし、多くの行政データは「市町村全体」の平均値として扱われます。
そのため、本当に支援が必要な地域ほど見えにくくなってしまうことがあります。

この研究は、こうした“地域内格差”に注目。
健診データ、医療・介護情報、人口動態、地域経済など、多様なデータを横断的に組み合わせながら、地域ごとの健康課題を集落単位で分析します。
数字だけでは見えない「地域の実情」を、より立体的に捉えようとしているのです。

― 地域の健康は、医療資源の量だけで決まらない?

この研究が見つめているのは、医療機関や医療従事者の不足だけではありません。

たとえば、

・車がなければ移動できない
・高齢者だけの世帯が増えている
・仕事の都合で健診へ行けない
・外国人労働者が増え、言語や文化の違いが生まれている
・近所の人と車に乗り合わせて健診を受けに行く
・地域の伝統行事を通じて子供から高齢者まで交流する機会が多い
・人口が少なく集落のみんなが顔見知り

といった暮らしの実際も、健康と深く関わっています。
つまり健康問題とは、“どう暮らしているか”の問題でもあるのです。

離島地域で起きている変化は、人口減少や高齢化が進む日本社会全体にも重なるテーマだといえるでしょう。

― 地図にすると、“地域の違い”が見えてくる

研究では、GIS(地理情報システム)を活用し、地域ごとの健康課題を地図上で可視化します。

たとえば、
生活習慣病が多い地域や、
健診受診率が低い地域、
医療機関へアクセスしづらい地域
などのデータを重ね合わせることで、地域ごとの健康課題や暮らしの条件を可視化し、支援のあり方を考える手がかりを得ようとしています。


地図として可視化することで、数字だけでは見えなかった地域ごとの特徴や傾向が浮かび上がります。

それは、「どこに、どのような支援が必要なのか」を具体的に考えるための重要な手がかりになっているのです。

― 数字だけでは見えない、“暮らしの背景”

一方で、数字だけでは見えないものもあります。

たとえば健診受診率が低い地域にも、

「忙しくて行けない」
「病院は後回しになってしまう」
「周囲に迷惑をかけたくない」
「我慢するのが当たり前」

といった地域や個人特有の価値観や生活背景があるかもしれません。

そこで研究では、住民ワークショップも実施します。
住民同士が地域の健康課題について語り合い、その声を丁寧に分析します。

データだけで地域を理解するのではなく、住民自身の実感や語りを重ね合わせながら、“地域の健康”を立体的に捉えようとしています。

― 住民の声から始まる、地域の健康づくり

離島から始まるこの研究は、地域の健康課題を“分析する”だけではありません。

地域の中で、
誰が困りごとを抱えているのか。
どこに支援が届きにくくなっているのか。

健診、医療、介護、人口、地域経済など、多様なデータを組み合わせながら、GISなどのデジタル技術を活用して地域ごとの課題を可視化し、住民の声や暮らしの背景と重ね合わせていく――。
この研究は、データと地域の実感の両方から、地域の健康を捉え直そうとしています。

人口減少や高齢化、孤立の広がりは、いま離島だけでなく、日本各地で進んでいる課題です。

この研究は、離島地域を起点に、デジタル技術を地域課題の理解や支援につなげる新たな地域づくりの試みでもあるのです。

研究者コメント

小さい単位で地域を捉えることで、「まち(市町村)」という大きな単位で見ると隠れてしまう課題が浮き彫りになるのではないか?が研究の出発点です。数字だけでは見えてこない暮らしの声に耳を傾けながら、誰もが健やかに暮らせるまちづくりを、地域のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

稻留 直子

稻留 直子  INADOME Naoko

看護学部 准教授

専門分野・研究キーワード

地域づくり、島嶼・僻地、地域看護、公衆衛生看護

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