DXは「困りごと」から始まる――創業73年・道免家具店が実践する「身の丈に合ったDX」

令和8年度地域総合研究所研究会開催レポート

「社長、今日出張ですか? 決めてもらうことがあったのに!」

鹿児島の老舗家具メーカー・有限会社道免家具店では、かつてこんなやり取りが日常的に起きていました。

朝礼で伝え、ホワイトボードにも書き、週間ニュースにも載せている。それでも「聞いていない」「見ていない」「知らない」という情報共有の行き違いが起きる。

そんな「困りごと」をきっかけに始まったのが、同社の「身の丈に合ったDX」です。

2026年7月29日、鹿児島国際大学附置地域総合研究所主催の公開研究会が開催されました。講師を務めたのは、有限会社道免家具店代表取締役の道免尚史氏。

Google Workspaceや生成AI「Gemini」など、身近なデジタルツールを活用しながら、情報共有、遠隔支援、業務管理の改善に取り組んできた同社。そこからさらに、社員自身が新しい使い方を考え、業務改善を進めるまでに発展していきました。

今回の講話では、地域企業が実際の「困りごと」からどのようにデジタル化を進め、現場に定着させていったのか、そのリアルなプロセスが紹介されました。

【開催概要】

・日時:令和8年7月29日(水)15:00~16:25

・場所:鹿児島国際大学附属図書館4階 視聴覚ホール

・主催:鹿児島国際大学附置地域総合研究所

・講師:道免 尚史 氏(有限会社道免家具店 代表取締役)

・演題:「身の丈に合ったDX」で挑む生産性革命 ~道免家具店がGoogle Workspaceで実現した現場主義のデジタル化~

デジタル時代、地方の現場から始まる「身の丈に合った」変革とは

鹿児島国際大学附置地域総合研究所では、令和8年度から「デジタル技術と地域社会―地方私立大学による地域貢献―」をテーマに共同研究プロジェクトをスタートさせています。

今回の研究会は、その取り組みの一環として開催されたものです。

会場となった附属図書館4階視聴覚ホールには、学内の教職員や学生に加え、地元企業関係者や一般の方など47名が参加。地域企業が実際に経験した失敗や試行錯誤、そこから生まれた業務改善の事例に、参加者は熱心に耳を傾けました。

講師の道免氏が代表を務める道免家具店は、1953年(昭和28年)創業。従業員20名、平均年齢39歳の家具メーカーです。

数百人規模の大会議室や野球ドームのVIP観客席、空港、図書館など、全国各地の大型施設や店舗に特注家具を納入。設計から製造、施工までを手がけています。

その仕事は、鹿児島国際大学のキャンパス内でも見ることができます。坂之上キャンパスの新棟「さかのうえテラス」には、道免家具店が手がけたおしゃれな机や椅子をはじめ、観葉植物を組み込んだ机や、間接照明を取り入れた小上がりなど、家具だけでなく、そこに人が集い、過ごす「空間」そのものをデザインした家具が設置されています。

鹿児島国際大学を訪れた際には、ぜひさかのうえテラスにも足を運び、道免家具店が手がけた「モノづくり」を実際に見てみてください。

そんな同社のデジタル化の出発点は、決して大がかりなシステム導入ではありませんでした。

「朝から喧嘩腰」情報共有の失敗から始まったデジタル化への第一歩

当時の道免家具店では、社長の出張予定や社内スケジュールなどを朝礼やホワイトボードなどで共有していました。

それでも、

「朝から『社長、今日出張ですか?!決めてもらうことがあったのに!』と詰め寄られるわけですよ。『昨日朝礼で言ったし、週間ニュースにも書いたよ』と返しても、『そんなの聞いてない!見てない!知らない!』と。ホワイトボードに書いても誰も見ない、朝礼も聞き流されている状態。もう大変でした。」

この日常的なコミュニケーションのズレを解消するため、道免氏はグループウェアの導入を決意します。選んだのは、導入のしやすさ、操作の簡便さ、セキュリティ面を考慮した「Google Workspace」でした

まずは月額利用料を抑え、役員や設計、工場の中核メンバー数名でスケジュール共有からスタート。しかし、コアメンバーだけでは情報が現場全体に伝わりきらない限界に直面します。

そこで意を決して、50歳以下の全社員(当時約15名)にIDを配布して全社展開へ舵を切りました。スケジュールや材料の入荷・出荷情報をChatで写真付きで共有し始めると、瞬時に情報が行き渡り、「知らない」「受け取っていない」という行き違いや無駄な重複発注が劇的に減少したと言います。

台風で飛べない!現場のピンチを救った「遠隔支援」

デジタル化の波は、感染症の流行や天候トラブルといった現場の試練によってさらに加速しました

デジタル化の効果を実感するきっかけになったのが、遠隔での現場支援でした。

北海道の納品現場で特注家具を組み立てる必要があった際、鹿児島から現地へ向かう予定だった道免氏が、台風による航空便欠航で移動できなくなりました。

そこで、名古屋にいた設計担当者が現地へ向かい、iPadを設置。鹿児島と現場をリアルタイムでつなぎ、道免氏が画面越しに組み立てを指示しました。

現場から、

「このネジがない」

と声が上がれば、鹿児島側から、

「○○番と書いてある袋を確認して」

と指示する。

そんなやり取りをしながら、現場作業を進めることができました。

後日、道免氏が現場を訪れた際には、

「職人さんから、『あんた(iPadの)中の人?声がよく聞こえてたね~』って言われて(笑)。あ、結構現場の遠隔中継って使えるなと実感した瞬間でした。」

ホワイトボードからスプレッドシートへ。現場の「見える化」が進む

さらに業務管理面でも、職人文化に根付いていたホワイトボード管理からの脱却を図ります。
受発注や納期を「Google スプレッドシート」へ移行し、更新されるとChatへボット通知が届く仕組みを構築。

また、物件ごとの作業時間の集計も、工場に掲示された共有PCから職人たちが自ら数値を入力・共有してくれるようになり、社員全体のコスト意識が飛躍的に高まりました。
人事考課や休暇申請、現場の画像付き報告もすべて「Google フォーム」に一元化することで、Google ドライブ上に時系列で確かなエビデンス(証拠)が自動蓄積される体制が整ったのです。

「ギブアップしました(笑)」――自分たちだけで完璧を目指さない

デジタル化が進むにつれ、自動化への挑戦という新たなステップ(Google Apps Script/GASの活用)へ進みます

例えば、取引先の大手飲料メーカーから「出荷前検査の結果と送り状番号を毎回メールで送ってほしい」という煩雑な要求がありました。手動でやれば膨大な工数がかかるため、道免氏は自身でGASを使った自動プログラムの構築に挑みます。

「フォームに入力したら自動処理できるっていうから、自分でやってみようと思ってやってみたんです。……やってみましたが、ギブアップしました(笑)。最後、プログラムは走るんだけど通知がいかないとかなっちゃって。『もう困ったな』となって専門のIT業者さんに相談したんです。そしたら『ここまでできてるならあと少しじゃん』ってサポートしてもらって形になりました。」

完璧を自分で目指さず外部のプロの手も借りながら仕組みを完成させたことで、業務は劇的に効率化されました。

「これってGoogleのツールでできない?」――現場が自走するDX

そして、最大の成果は「社員が自らツールを使いこなして自走し始めたこと」です。

社員同士で使い方を教え合う文化が芽生え、さらには生成AI「Gemini」やスクリプトを社員自らが調べ上げ、フォームから申請するだけで全社カレンダーに即座に反映される「休暇届の完全自動化システム」まで自作するようになりました

こうして生まれた余力(時間・リソース)は、新入社員向けの社内Wikipedia整備や、3次元CAD・5軸CNC機械を活用した高付加価値な特注家具づくりといった「本来人間が集中すべき仕事(モノづくり)」へと注がれています

「DXとは高額なシステムを導入することでも、楽をすることでもありません。手間を省き、少ないリソースを本来の付加価値の高い作業(モノづくり)に集中させるための手段なのです。」

道免氏の言葉には、数々の失敗と試練を乗り越えてきた経営者ならではの実感が込められていました。

質疑応答

匿名質疑応答ツール「Slido」で飛び交ったリアルな質問

講演終了後の質疑応答では、スマートフォンから匿名で気軽に質問を投稿できるシステム「Slido」を活用。会場からは画面のQRコードを読み取った参加者から、現実的で深い質問が相次いで寄せられました。

会場からの質問をピックアップ!

質疑応答の一部を、Q&A形式でお届けします。

参加者

デジタル化を進める際、年配の社員や職人さんからの抵抗感はありませんでしたか?どうやって乗り越えたのでしょうか?

道免氏

最初は当然反発や戸惑いがありました。「時間が解決してくれた」というのが正直なところです。紙の書類も併用しながら、無理に説得するのではなく「これを使うとこんなに便利になるよ」と納得してもらうまで丁寧に説明を重ねました。説得ではなく「納得」してもらうことが、人を動かす上で一番大切です。便利さが分かると、年配の職人も自然とスマホを使いこなすようになりました。

参加者

数人の小さな会社や店舗でも、こうしたDXに取り組むメリットはあるのでしょうか?

道免氏

大いにあります。例えばある現場で接着剤が余った時、別の現場で必要な情報がChat等で共有されていれば、新しい缶を買わずに済みますよね。情報共有がないと無駄な在庫や材料費が増え、めぐり巡って社員の給与や会社の利益を圧迫します。小規模だからこそ、情報共有による無駄の削減効果は絶大です。ただし、DXツールを入れること自体が目的になってはいけません。「自社の何を解決したいのか」という問題意識を持つことが第一歩です。

参加者

大学や学生に対して、地方企業のデジタル化という観点から期待することは何ですか?

道免氏

デジタルに苦手意識を持たない若い学生さんたちの柔軟な感性に大いに期待しています。ExcelやGoogle スプレッドシートの基本操作、メールの作法などを大学時代に身につけておくだけでも強力な武器になります。家計簿や学園祭の集計、部活動の会計管理など、身近なところで「触ってみる」経験を積んでほしいですね。デジタルに強い若い人材が地元企業に入り、DXを広げてくれれば、鹿児島から全国へ挑戦できる強い地域社会が作れるはずです。

参加者

ホワイトボード時代と比べて、具体的な生産性向上はどのくらいありましたか?

道免氏

体感として生産性は倍程度になったと感じています。何より「間違いや無駄な作業」が大幅に減りました。以前は「材料がない!」と言って現場を探し回る時間が頻繁に発生していましたが、今はそれがほとんど無くなりました。本当に分からない時だけピンポイントで質問が来るようになり、現場のロスタイムが激減しています。

参加者

一連のシステム導入で、最も手間や時間がかかった「最大の困難」は何でしたか?

道免氏

一番最初のステップである「スケジュールの共有」を社内に浸透させることが、最も時間がかかりました。でも、一度その便利さを社員が理解すると、「これってGoogleのツールでできないの?」と社員側から積極的な質問や提案が来るようになったんです。一歩目のハードルを越えたことで、社員のデジタルに対する姿勢がガラリと変わりました。

研究会を終えて:道免家具店の挑戦が示す「真のDX」

今回の研究会を通じて浮き彫りになったのは、DXの本質が「最新のテクノロジーを導入すること」ではなく、「現場の困りごとに向き合い、人間がよりクリエイティブな仕事に集中できる環境を作ること」です。

参加者アンケートでは、満足度が「満足」「やや満足」を合わせて100%という極めて高い評価を獲得。自由記述欄には、

「DXは大企業がやるものだと思っていたが、身近なツールから始められると分かった」(50代・自営業)

「Google フォームとスプレッドシートの連携など、大学生活や今後の活動に役立つ学びがあった」(20代・学生)

「職人だからと諦めず、納得感を大切にして組織を変えていく実践事例が大変参考になった」(40代・教職員)

といった声が寄せられ、幅広い層に大きな気づきを与えたことがうかがえます。

おわりに:デジタルは「本来の仕事」を取り戻すための道具

今回の研究会は、デジタル技術がいかにして現場の人間関係や働き方を変え、地域の生産性を高めていくのかを具体的に学ぶ貴重な機会となりました。

道免家具店の事例から見えてきたのは、DXのスタート地点は「最新の技術を取り入れること」ではなく、目の前にある「困りごとの解決」だということです。

情報が伝わらない。現場に行けない。同じ作業を繰り返している。

そんな小さな課題を一つずつ見つけ、身近なツールで試してみる。

そして、便利さを実感した社員が、次の改善を考え始める。

DXとは、デジタルのために仕事を変えることではなく、本来取り組みたい仕事に時間と力を注ぐために、デジタルを使うこと。

「身の丈に合ったDX」という言葉には、地域企業が無理なく、しかし確実に変化していくためのヒントが詰まっていました。

鹿児島国際大学地域総合研究所は、単に学術的な研究にとどまらず、地域で挑戦を続ける企業のリアルな知見を大学の教育・研究へと還元し、地域課題の解決に資する活動を進めています。地方私立大学として、デジタル技術を道具として使いこなせる人材を育て、地域企業へと送り出していく——それこそが、持続可能な地域社会を創造するための重要な鍵となります。

これからも地域社会と大学を結ぶハブとして、地域の皆様とともに学び合い、未来を切り拓くための実践的な発信を続けてまいります。

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